東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)22号 判決 1968年1月30日
原告 第二鳩タクシー株式会社
被告 東京都地方労働委員会
補助参加人 東京自動車交通労働組合 外六名
主文
被告が都労委昭和三八年(不)第二五号不当労働行為申立事件同第四五号不当労働行為申立事件につき昭和三九年二月二六日付でした救済命令のうち申立人戸所保、山下進、大野善祐、佐山昭一、武井吉久、山本昭夫ら六名が解雇された日から原職に復帰するまでの間に受けるはずであつた賃金相当額を支払うべきことを命じた部分を取消す。
訴訟費用中補助参加によつて生じた部分は補助参加人らの負担とし、その余は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告代理人は、主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。
一 本件命令の内容及びその発せられるまでの経過
原告は、ハイヤー・タクシー業を営む株式会社であり、補助参加人戸所保は昭和三四年一〇月、同山下進は同三五年一二月、同大野善祐は同三七年一一月、同佐山昭一は同三六年七月、同武井吉久は同三七年一二月、同山本昭夫は同三七年一一月からいずれも自動車運転手として原告に雇われ勤務していたものであるが、原告は、戸所を昭和三八年五月二〇日付で、山下を同年同月二五日付で、大野を同年四月八日付で、佐山及び武井をいずれも同年七月五日付で、山本を同年同月九日付で、それぞれ解雇した。
右のうち補助参加人戸所、山下、大野の三名は昭和三八年五月一七日(都労委昭和三八年(不)第二五号事件)、補助参加人佐山、武井、山本の三名は昭和三八年八月二日(同(不)第四五号事件)、いずれも補助参加人東京自動車交通労働組合とともに、それぞれ原告会社を被申立人として、被告委員会に対し、前記各解雇は労働組合法七条一号の規定に違反する不当労働行為であるとして救済の申立をしたところ、被告委員会は、右各申立につき、昭和三九年二月二六日付命令書をもつて、「被申立人会社は、申立人戸所保、同山下進、同大野善祐、同佐山昭一、同武井吉久および同山本昭夫を原職に復帰させ、同人らが解雇された日から原職に復帰するまでの間に受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならない。」旨の命令(以下、本件命令という。)を発し、右命令書は、昭和三九年三月六日原告に送達せられた。
二 本件命令の瑕疵
しかしながら、原職復帰命令のあつた前記六名は次のとおり、いずれも運転手として前述の解雇後他に雇われ、賃金として次の税込収入を得ている。すなわち、
1 戸所は、昭和三八年五月二一日から昭和三九年五月二〇日まで美鳩自動車交通株式会社に雇われて三九万三、〇二二円を得、
2 山下は、昭和三八年六月一日から昭和三九年五月二四日まで日停自動車株式会社に雇われて、五一万二、七三七円を得、
3 大野は、昭和三八年四月二〇日から昭和三九年五月二四日まで丸善自動車交通株式会社に雇われて四六万三、〇二九円を得、
4 佐山は、昭和三八年七月一七日から昭和三九年一〇月三〇日まで志村興業株式会社に雇われて九万八、四八三円、同年二月二〇日から同年五月二八日までの間東洋交通株式会社に雇われて八万〇、九六〇円、合計一七万九、四四三円を得、
5 武井は、昭和三八年八月三日から昭和三九年一〇月三〇日まで志村興業株式会社に雇われて一〇万七、二五〇円、同年二月二〇日から昭和三九年五月二八日まで東洋交通株式会社に雇われて七万一、二一五円、合計一七万八、四六五円を得、
6 山本は、メトロ交通株式会社に臨時に雇われて昭和三九年一月一五日から同年五月二三日までの間に二七万九、八二八円得、
ている。従つて、被告委員会が補助参加人らの前記申立にもとづく救済として解雇以後原職復帰までの間のいわゆる「賃金遡及払」を命ずるにあたつては、原職復帰者らの右各所得を控除すべきであるのにかかわらず、これを控除しないで賃金相当額全額の支払いを命じた本件命令は、その限度において違法である。
三 以上の理由により、本件命令のうち金員支払いを命じた部分の取消しを求める。
第三被告の答弁
被告代理人は、答弁として次のように述べた。
一 認否
1 請求の原因一記載の事実のうち、大野の解雇された日付を否認するがその余は認める。大野の解雇された日付は昭和三八年四月一四日である。
2 請求の原因二記載の事実は不知。
二 反論
1 使用者の不当労働行為たる解雇に対する救済方法について労働組合法に明文をもつて規定するところがないのは、法が労働委員会の合理的裁量に期待したものである。
2 不当労働行為制度の目的は、使用者の不当労働行為を排除し、その労使関係を不当労働行為がなかつたと同様の安定した状態に回復するにあるから、不当労働行為たる解雇によつて被解雇者がこうむつた経済的、精神的損害または他に就職して収入を得た等の事情は、それが損害賠償または民法五三六条二項ただし書により控除さるべきものとして申し立てられても、労働委員会として審査確定すべき限りではない。
3 解雇された者がその解雇を争いながら自己の生活を維持するために他に職を得てこれにより収入を得たとしてもそれは同人が自己の労務を提供して別途に得た収入であり、解雇の結果、もとの使用者に対して労務を提供する債務を免れたことによつて得た利益ではなく、従つて本来の解雇の効果とは何の関係もない収入である。
4 かりに、被解雇者が解雇の後他で得た収入を控除しなければならないとすれば、被解雇者がその後も復職を待つて他で働かない場合には収入がなく、従つて控除の問題が起らないのに反し、他で働いた者だけが自己の得た収入を控除されるという結果を生ずるが、失業に関する保障制度が充実して、解雇された者が再び職を得るまでの間、臨時に他で働く必要がないような環境がつくられている場合は格別、解雇された労働者が再び定職を得るまでの間通常生活を維持するため臨時他で働かなければならないわが国の現状では本人に甚だ酷な結果となる。
5 以上の理由によつて、労働委員会は、使用者の不当労働行為に起因して既に生じ、あるいは生ずることあるべき労使関係の不安定を除去するため、使用者の行為の態様、程度、労働者側の蒙つた経済的精神的苦痛、その労使関係における労働者側の態度、さらには使用者の当該行為の以前の労使関係全体などを考慮して、労使関係不安定の要因を作り出した使用者に対し作為、不作為を命ずるのであり、原職復帰を命ずることが適切妥当である場合にも、バツクペイを認めるか否か、さらに認めた場合、その額をいくらにするかは、支配介入に対してポスト・ノーテイスを命ずると同様これまた労働委員会の裁量の範囲内にあるものなのであつて、他で働いて得た収入を遡及払賃金額から控除しなかつた本件命令は、不当労働行為による労使関係の不安定を除去するために認められた裁量権の範囲をこえたものでも裁量権を濫用したものでもないから違法ではない。
第四被告補助参加人らの反論
1 労働委員会による不当労働行為救済の目的は、正しい労働慣行に反する使用者の行為についてこれを公の政策に反するものとして排除することにより正しい労働慣行の成長に対する障害をとり除き憲法二八条に規定された団結権や団体交渉権を擁護し、団体交渉の慣行を助成すること(労組法一条一項)にある。
2 従つて、救済により回復せらるべき「不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態」は使用者対労働者の個別的労働関係のみならず、集団的労使関係における秩序を含むというべきであり、労働委員会が不当労働行為を救済するにあたつてその救済の限度を個人が失なつたものの補てんに限るべきではなく、労使に対する教育的啓蒙的効果あるいは将来における不公正な慣行の再発の予防という考慮を含めて救済命令の内容を決定すべきである。
3 原告の不当労働行為によつて本件命令申立人である補助参加人戸所保、同山下進、同大野善祐、同佐山昭一、同武井吉久、同山本昭夫の六名(以下補助参加人戸所ら六名と略称する)は個人として、(イ)解雇後の賃金の支払が得られなかつたばかりでなく、(ロ)解雇され職場から排除され組合活動上決定的な支障を来たし、(ハ)他に就職しようとしても、相互に連絡を密にしている都内のほとんどのタクシー会社から採用を拒絶されるか、採用後直ちに退社を余儀なくされ、仮りに、そういうことがなくても、原告会社を解雇され係争中であることが判明すれば、大半は、歩合給のみで固定給や諸手当(通勤、深夜、皆勤)がなく健康保険、失業保険、賞与の対象ともならない臨時傭にしかしてもらえない。(ニ)また、補助参加人佐山、武井、大野のように原告会社寮から追われ、同山下のように原告会社の嫌がらせ等もあつて従来のアパートから転居せざるを得なかつた者らにとつては、転居費用がかさみ、あらたなアパート生活を強いられ、あるいは特定した住居すら確保できなくなり、あるいは妻の出産に長期の入院を余儀なくされ、あるいは実家に帰した妻に仕送りができないため離婚せざるを得なくなるなど、また、補助参加人戸所、同山本のように乳幼児老人を擁する者は生活費に不足を生じ、あるいは相当の借財を残し、(ホ)なお、復職後といえども、補助参加人六名は、そのうちに在社年数の古い人達がいるにもかかわらず、最も古い車に乗務させられている等大いに不利益をこうむつている。(ヘ)しかも、補助参加人東京自動車交通労働組合(以下東自交と称する)としては、結成直後の第二鳩タクシー分会が、ほとんど前近代的と評価すべき原告の支配介入の後、右分会の組合活動家のほとんど総員というべき補助参加人戸所ら六名の分会員を解雇されその団結力は潰滅的な打撃を受けたことにより甚だしい不利益を受けた。従つて、その救済の限度を賃金遡及払という観点だから検討することは不当である。
4 仮に、補助参加人戸所ら六名が他で働いていわゆる中間収入を得たとしても、中間収入は本来の収入とはその性格を異にする。すなわち、(イ)解雇撤回闘争中、その労働者およびその家族の生命を維持し諸種の闘争費用獲得のため不可欠の資金である。(ロ)補助参加人戸所ら六名の如きタクシー労働者の収入は、通常の労働者の収入より更に低額不安定のものであるから、解雇撤回闘争を進めるためには止むを得ず他で働きかろうじてかかる資金を得るほかないのである。(ハ)補助参加人戸所ら六名は原告会社との労働契約から自由になつた労働を解雇撤回闘争資金獲得のため他に転用し、これによつて対価を得たに過ぎない。(ニ)このようにして労働者が他で働いて得た賃金は、自己の貯金やカンパと同様使用者に対してはすべて被解雇者の自己資金というべきである。
不当労働行為によつて解雇された労働者の所属する組合がたまたま解雇期間中の生活資金、裁判費用、宣伝費用等を貸付、支出できる能力があれば、被解雇者は喜んで解雇撤回闘争に専念するであろう。しかし、かような経済的能力を持たない組合が大半であるから、そのような組合に参加し、その組合活動の故をもつて解雇された労働者は、解雇撤回闘争に勝ち抜くまで生命を維持するため、また裁判費用等の捻出のために他で働かねばならないのであつて、このようにして働いて得た中間収入を遡及払賃金から控除されるということになれば、生命を維持する糧も裁判費用も出ないこととなり、労働委員会で獲得した救済命令自体無意味となるであろう。
5 また、もし、遡及払賃金から中間収入が控除されるときは、使用者は何ら経済的負担を負わないで労働者に経済的圧迫を加え、他の組合員や労働者の見せしめとして解雇による賃金不払を試みることができる。解雇による使用者の不当労働行為は、原職復職とバツクペイの全額支払によつて始めて排除され、これによつてその労働者及び組合の「損失」が最低のところで填補されるのであるから、中間収入を控除しなかつた本件命令は正当であり、何ら違法ではない。
第五各反論に対する原告の再反論
一 被告の反論に対して
1 不当労働行為たる解雇なかりし状態に回復させる救済手段は、不当労働行為制度が設けられた法の趣旨、一般私法ならびに社会通念からこれを決するの他はない。
2 被告がその反論2において、労働者側のこうむつた損害及びその免れた利益について顧慮する必要がないとするのは行政機関として誤つており、かえつて被告の挙示するあらゆる事情を顧慮して具体的妥当性を有する処分をすることこそ法は期待しているというべきである。
3 被告がその反論3においてする主張も、民法五三六条二項但書に関係するのであつて、こと従属労働に関する限りその労務を免れたことと被告主張の如き別途収入との間には相当因果関係があると解すべきである。社会通念からも解雇後間もなく他に就職して従来とほとんど変らない別途収入を得ている者に対しても解雇期間中の賃金全額を支払うのが原則であるとするような解釈が支持されないことは明白である。
4 被告がその反論4において主張するところの、被解雇者が他で働いた場合とそうでない場合との不均衡については、仮りに現行法の上に立つても労働者は労務を給付しないのに反対給付を受けるのであるから、債務を免れることにより得た収入をそのまま保有させるとすれば労働者が解雇されなかつたよりもかえつて多くの利益を取得するという不合理な結果が生ずる。使用者は労務の給付を受けないのにこれを受けた場合と同様に反対給付義務を免れないのであるから、労働者の労働成果によつて使用者の責任が軽減されるとしてもそれほど不都合とも思われない。立法例によつては、被解雇者が解雇期間中故意に取得することを怠つた価格は控除する旨の規定(ドイツ民法六一五条)もある位であつて、被告主張のような例が起るのも立法の不備というべきである。従つて立法の不備の下に起り得る特異のケースを以つてすべての場合を律する考え方は妥当でない。
被告は、別途収入を控除する場合の前提として社会保障の充実を挙げるが、被告のいう状態は一種のユートピアであつて通常人の観念を以つてしては将来実現するとも思われない。従つて、被告が別途収入を考慮するということは将来も有り得ないこととなり、使用者は本来支払わなくてもよい部分の賃金までを罰則をもつてその支払を強制し続けられることになる。かようなことは本来被告に許された裁量の範囲を逸脱するものである。
5 要するに被告の見解は、労働法の独自性を強調するあまり、現行の法体系を無視した解釈というべきである。
二 被告補助参加人らの反論に対して
原告の主張に反する点は争う。
第六証拠<省略>
理由
第一本件命令の内容及びその発せられるまでの経過
原告の請求原因第一項の事実は、補助参加人大野善祐の解雇された日付を除いて当事者間に争いがない。そして、右日付が原告の主張の日であることを立証する証拠はなく、かえつて証人大野善祐の供述によれば大野善祐解雇の日は昭和三八年四月一四日であつた事実を認めることができる。
第二本件命令中金員支払を命じた部分の適否
(一)証人関口勝義の供述及びこれによつて成立を認める社名印、社印及び代表者印が押捺されているので成立を認める甲第一号証によれば、補助参加人戸所保は昭和三八年五月二一日から昭和三九年五月二〇日までの間美鳩自動車株式会社に運転手として雇われ、総支給額三九万三、〇二二円から社会保険料額一万五、九六一円、源泉徴収税額一、四一〇円を控除した三七万五、六五一円を賃金として支給されている事実を、(二)証人坪田暢夫の供述及びこれによつて成立を認める甲第二号証によれば、補助参加人山下進は、昭和三八年六月一日から昭和三九年五月二四日までの間日停自動車株式会社に運転手として雇われ、総支給額五一万二、七三七円から社会保険料額二万三、九六九円、源泉微収税額一万〇〇八〇円を控除した四七万八、六八八円を賃金として支給されている事実を、(三)証人松下豊の供述及びこれによつて成立を認める甲第三号証によれば、補助参加人大野善祐は、昭和三八年四月二〇日から昭和三九年五月二三日までの間丸善自動車交通株式会社に運転手として雇われ、総支給額四六万三、〇二九円から社会保険料額二万一、六二〇円、源泉徴収税額一万三、七五八円を控除した四二万七、六五一円を賃金として支給されている事実を、(四)証人岩本昭夫の供述及びこれによつて成立を認める甲第四号証の一、証人古見洲太の供述及びこれによつて成立を認める甲第四号証の二によれば、補助参加人佐山昭一は、昭和三八年七月一七日から同年一〇月三〇日までの間志村興業株式会社に運転手として雇われ、総支給額九万八、四八三円から社会保険料額六八一円、源泉徴収税額四、二五五円を控除した九万三、五四七円を賃金として支給され、また、昭和三九年二月二六日から同年五月二五日までの間東洋交通株式会社に運転手として雇われ、総支給額八万〇九六〇円から社会保険料額五六七円、源泉徴収税額二、六一〇円を控除した七万七、七八〇円を賃金として支給されている事実を、(五)証人岩本勝夫の供述及びこれによつて成立を認める甲第五号証の一(但し、「武居吉久」とあるのは「武井吉久」の誤記であると認める)、証人古見洲太の供述及びこれによつて成立を認める甲第五号証の二によれば、補助参加人武井吉久は、昭和三八年八月三日から同年一〇月三〇日まで志村興業株式会社に運転手として雇われ、総支給額一〇万七、二五〇円から社会保険料額二、六六一円、源泉徴収税額六、一六〇円を控除した一〇万八、四二九円を支給され、また、昭和三九年二月二〇日から同年五月二五日までの間東洋交通株式会社に運転手として雇われて総支給額七万一、二一五円から社会保険料額四九九円、源泉徴収税額一、九六〇円を控除した六万八、七五六円を賃金として支給されている事実を、(六)証人坪田暢夫の供述及びこれによつて成立を認める甲第六号証によれば、補助参加人山本昭夫は、昭和三九年一月一五日から同年五月二二日までの間メトロ交通株式会社に運転手として雇われて総支給額二七万〇、九二九円から社会保険料額二、三五二円、源泉徴収税額八、七〇四円を控除した二五万九、八七三円を賃金として支給されている事実を、それぞれ認めることができる。そして、本件命令中に、「解雇された日から原職に復帰するまでの間に受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならない。」とあるのが、本件解雇から復職までの間に本件命令の申立人である補助参加人戸所、山下、大野、佐山、武井および山本の六名(以下戸所ら六名という。)が他に就職して得た収入を控除しない賃金の全額をこれらの者に支払うことを命ずる趣旨であることは、文言上明白である。
もとより、労働委員会による不当労働行為の救済は、不当労働行為およびこれによる結果を排除し、申立人をして不当労働行為がなかつたのと同じ事実状態を回復させることを目的とするものであつて、申立人に対し不当労働行為による私法上の損害の救済を与えることや、使用者に対し懲罰を科することを目的とするものではない。また、労働組合法七条一号の不当労働行為について労働委員会が原状回復の一手段として使用者にいわゆる「賃金遡及払」を命ずる場合は、救済命令申立人に債務名義を与えるものでも賃金請求権を認めるものでもない。従つて、「賃金遡及払」をふくむ救済命令の申立を受けた労働委員会としては、賃金債権その他私法上の請求存否の審査に立入ることを要せず、また、支払を命ずる賃金相当額を具体的に明示する必要もない。しかし、労働組合法七条一号の不当労働行為である解雇に対し労働委員会が解雇の結果である賃金不払を労働者側にとつて解雇による賃金不払のなかつた状態に回復する目的で命じ得るいわゆる「賃金遡及払」すなわち賃金相当額支払の金額は、解雇がなかつたならその労働者に支払われたであろうと思われる賃金額をもつて最高限度とし、もし、労働者が解雇期間中他の職について得た収入があるときは、それが副業的なものであつて解雇がなくても当然取得できる等特段の事情がない限りこれを控除すべきである。思うに、労働委員会は、不当労働行為に対して労働者をいかなる方法によつて救済するかについて自由な裁量権を労働組合法によつて与えられているとはいえ、右のような事情がないのに他収入を控除しない賃金相当額の支払を命ずることは申立人の側における原状の回復という救済命令本来の目的を逸脱して違法たるを免れず、また、救済命令に対して取消の訴が提起されたときには緊急命令によつて従うべき旨を命ぜられた全部または一部の限度において、救済命令がこれに対する取消の訴の提起されることなしに確定したときは全部について、いずれも過料の制裁により間接に強制され(同法二七条八項)、更らに、救済命令が取消の訴の結果確定判決によつて支持されるときには刑罰の制裁によつて間接に強制される(同法三二条)給付を命ずることは、申立人の側における不当労働行為ないしその結果を除去するために労働委員会に認められた権限であるから、救済命令がこの本来の目的を逸脱する内容のものである場合には、実質的には使用者に懲罰を科することに帰着し、許されないのである。
被告主張の反論(本判決事実摘示第三の二参照)1235の理由のないことは、以上の説示により明白であろう。
一、被告補助参加人は、救済により回復せらるべき「不当労働行為がなかつたと同じ事実上の状態」は使用者対労働者の個別的労働関係のみならず、集団的労使関係における秩序をも含むというべきであるから、救済の限度を個人が失つたものの補てんに限るべきでなく、労使に対する教育的、啓蒙的、不当労働慣行再犯防止的効果を含めて救済命令の内容を決定すべきであると主張する。なるほど、不当労働行為制度全体を見渡すとき救済により回復すべき状態に集団的労使関係における秩序の含まれることは、たとえば、団体交渉拒否(労働組合法七条二号)の場合をみても明かであり、集団的労働関係に不当労働行為による歪みの生じたときその結果を将来に向つて排除する救済命令が認められる余地のあることはたとえば支配介入行為(同条三号)に対するポスト・ノーテイスの事例に照らして是認し得るところである。しかし、この理を労働組合法七条一号の不利益取扱の如き個別的労使関係における不当労働慣行の排除を当面の目的とする救済命令にそのまま推及することは必ずしも正当でない。(労働組合法が不利益取扱を受けた労働者個人の保護とその労働者の属する労働組合の救済とを、一応別個のものと考えていることは、同法五条一項の規定に徴して明らかである。)ことに、いわゆる「賃金遡及払」は、使用者の賃金不払という不当労働慣行の結果を除去することによつてさしあたりその労働者個人を保護する救済方法であるから、そのためには賃金における労働者側の原状回復が実現されれば十分の筈である。右「賃金遡及払」の命令が労使ことに使用者に対する教育的、啓蒙的あるいは将来における不公正な慣行再発の予防の効果を結果的に挙げることはあり得べきであるが、かかる効果を挙げるためにいわゆる中間収入を控除すべきでないとする所論は、労働組合法七条一号の不利益取扱に関する救済命令、ことにその救済方法としてのいわゆる「賃金遡及払」の上来説示した本質を見誤つたものであつて、採用の限りではない。
二、次に被告補助参加人は、本件解雇に伴う使用者側の職場排除によつて救済命令申立人らは補助参加人主張の如き各種の損失(本判決事実摘示第四、3の(ロ)ないし(ヘ)参照)をこうむつているから、これを償う意味でいわゆる中間収入の控除をしないことも許されると主張する。しかし、かかる損失が仮りにあるとしても、そしてその救済が必要であるとしても、右救済を中間収入の不控除という方法によつて過不足なく行い得るという理由を発見することはできない。もし被告補助参加人らの所論が、「賃金遡及払」は補助参加人の前記主張のような私法上の各種損害の救済をも目的とするものであるという見解に立脚するならばその点において、また、もし、使用者の賃金不払そのものによつて生じた一切の労使関係の歪みの是正を「賃金遡及払」に期待するものであるならばその点において、いずれも失当であつて、これまた、採用の限りではない。
三、被告は、また、労働者が解雇期間中他で働いて得た収入を控除しなければならないとすれば、被解雇者がその後も復職を待つて他で働かない場合には収入がなく、従つて控除の問題が生じないのに反し、他で働いた者だけが自己の得た収入を控除されるという結果を招くが、解雇された労働者が通常生活を維持するため他で働かなければならないわが国の現状では本人に酷であると主張する。なるほど、いわゆる「中間収入控除」を行うと、解雇から復職まで他で働かなければならない多くの労働者は、無為に過す少数の労働者と比較すればかえつて不利になるように見える(このような現象は右の場合に限らずたとえば失業保険法第一七条の四の控除等の場合にも起り得ることである)。しかし、この不均衡を是正するために、一切「中間収入控除」を行わないということは、労働者側の原状回復という前述の救済命令本来の目的を越えて、使用者に対し、右原状回復には必要でない支出を強いることになつて正当でない。かかる不均衡の是正は、無為に過す少数者といえども(正当な事情のないかぎり)得べかりし「中間収入」の控除を受けることを免れないようにする立法的手段によつて解決すべき問題であろう。
四、更に被告補助参加人は、いわゆる「中間収入」を控除されるとすれば、被解雇者は復職まで、生活費のみではなく、救済命令申立費用、訴訟費用、弁護士費用等解雇撤回闘争のための諸費用を調達するために他で働いているのに、これら諸費用の出所を失う結果となり、かくては労働委員会によつて発せられた救済命令も実効を期待し難い結果となるであろうと主張する。通例、解雇を受けた労働者個人が、個人として或は労働組合等の援助のもとに、右解雇の当否をめぐつて使用者と争うにあたつて、賃金のみによつては賄えない程度の金銭的需要に直面することのあるべきことはみやすいところである。しかし、その需要を、いわゆる「中間収入」の不控除という方法によつて、使用者の負担においてみたすべき理由はすくなくとも現行法上これを見出すことができない。それ故右主張もまた失当であるといわなければならない。
五、被告補助参加人は、また、いわゆる「中間収入」が控除されるならば、使用者は経済的負担なしに解雇によりその労働者を圧迫し他の労働者の見せしめにする賃金不払を試みることができるであろうと主張する。しかし、この主張は、いわゆる「中間収入」不控除によつて救済命令にもとづく使用者の経済的負担を重からしめ、この経済的負担をもつて使用者の不当労働行為の防止に役立てようとする考え方に立脚するものであつて、労働者側における原状回復の目的をこえて使用者に不利益を課することを是認する点において失当であるといわなければならない。
(なお、行政処分の適否判断の基準時につき通常行われる諸見解、すなわちいわゆる処分時説、判決時説及び折衷説のいずれに従つても、本件の場合以上の判断に影響はない。何故ならば、本件命令申立人戸所ら六名のいわゆる「中間収入」は、いずれも処分時である昭和三九年二月二六日以前既に生じ始めているからである。)
そこで前記(一)ないし(六)の各収入の性質を検討するに、証人戸所保、佐山昭一の各供述によれば、戸所及び佐山の前記(一)及び(四)の各収入は本採用でなく、日歩合で一日の水揚高の歩合給(戸所の場合は三割)のみを支給される臨時雇として勤務していたことによつて得たものである事実が認められ、また、山本昭夫の前記(六)の収入が臨時雇として勤務していたことによつて得たものであることは原告の自認するところである。しかし、本件命令申立人戸所ら六名のうちでは前叙のとおり最も原告会社における勤続期間の長かつた戸所保の同会社解雇当時の月収は証人戸所保の供述の一部によれば、約三万五、〇〇〇円、解雇前既に行われていた配車不利益取扱がなかつたとすれば約四万円と認められるところ、同人の前記(一)の手取収入は月平均三万一〇〇〇円を超えること算数上明らかであるのみならず、証人山本昭夫の供述によつて認められる原告会社において年三〇〇円の定期昇給が行われてきた事実から推せば、原告会社では運転手につき固定給制がすくなくとも併用されていたと認むべきであるから、戸所が歩合給制の他職場において前記(一)の如き収入を取得するためには原告会社におけると同質同量もしくは更に多くの労働を要したであろうことは推察に難くない。そして、戸所よりも原告会社における勤続期間の短かい佐山及び山本が前記(四)(月平均二万五〇〇〇円を超える。)及び(六)(月平均五万七〇〇〇円を超える)の各歩合手取収入を挙げるためにも、同様のことが推察される。従つて、これらの者の前記各中間収入はもし同人らが解雇されず、原告会社に勤務していたならば、到底提供することのできなかつた労働の対価と認める外はなく副業的なものであるとは認められない(証人戸所保の供述のうち前記(一)の収入を得た勤務をいわゆる「アルバイト」であるとする部分は証人の意見を述べたにすぎないものであるから、もとよりこの認定を左右し得るものではない。)。また、本件命令申立人山下、大野、武井については、前記(二)(三)(五)の各就職が臨時的なものでなければ勿論のこと、仮りに臨時的のものであつても、右(二)(三)(五)の各手取収入の月平均額から見て、前同様同人らが依然原告会社に勤務していたら提供することのできなかつた労働の対価であつて、副業的のものとは認め難い。
そうであるとすれば、他に控除を相当としない特別の事情の認め難い本件において被告が、前記(一)ないし(六)の各中間収入を全く控除せず、解雇から復職までの間に戸所ら六名がそれぞれ受けるはずであつた賃金相当額全額の遡及支払を命じたのは、右控除をしない限度で救済命令の範囲を逸脱した違法があるものといわなければならない。
第三取消の限度
しかし、前記(一)ないし(六)の各中間収入の全額を控除すべきか或いは、たとえば右中間収入を得るために要した費用、増大した支出、労働の質、量を考慮して一部控除に止むべきか等控除の範囲についての裁量はもつぱら労働委員会の裁量権に委ねられていると解するのが相当である。従つて、本件命令のうち金員支払を命じた部分を裁判所が右裁量を行うことによつて変更することは許されず、右部分は全体としてこれを取消すほかはないものというべきである。
第四結論
よつて、本件命令のうち、前記戸所、山下、大野、佐山、武井、山本が解雇された日から原職に復帰するまでの間に受けるはずであつた賃金相当額を支払うべきことを命じた部分を取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条後段、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川添利起 園部秀信 西村四郎)